会陽って何だろう − 寺社の紹介(備前地区) 
リストマーク 名称(ヨミ) 弘法寺(コウホウジ)
リストマーク 所在地 瀬戸内市牛窓町千手
− 弘法寺正面(撮影:2006年) −
リストマーク 寺社の説明 正式には、「千手山弘法寺遍明院」
宗派:真言宗
開基:大化4(648)年(天智天皇の勅願) ※寺伝・縁起等による
本尊:千手観音
リストマーク 当寺の会陽
起源等 はじまりは、古く西大寺会陽と同じ頃といわれる。
旧1月7日の夜、50人から100人くらい参加し、見物人も少ない中、連綿と続いていた。
しかし、昭和42(1967)年12月30日に火災が発生し、翌年から会陽が中止された。
現在の
会陽
現在は、行われていない。
その他
リストマーク 参考情報 備前48ヶ寺の1つ
弘法寺が、もっとも栄えたのは、鎌倉時代から南北朝時代である。朝廷の祈願所であり、後醍醐天皇論旨の写しもある。
また、観応元(1350)年、足利尊氏は西下して備前国福岡(瀬戸内市長船町福岡)に滞陣し、弘法寺に戦捷祈願をした。「足利尊氏御教書〔みきょうしょ〕」(県重文)にそえて、「藍革肩白腹巻〔あいかたしろはらまき〕」(国重文)「太刀銘備州長船盛光」(国重文)を供えた。
本堂は、昭和42(1967)年の火災で焼失し、現在は仁王門と本堂跡上段の常行堂・山王社と遍明院・東寿院の2坊を残すのみである。
本坊遍明院の本尊は「五智如来」(国重文)で、中心の仏木造大日如来坐像は典型的な藤原後期の作である。
東寿院にも名工快慶の銘がある「木造阿弥陀如来坐像」(国重文)がある。
毎年五月五日に行われる練供養〔ねりくよう〕は、大和の当麻寺〔たいまじ〕、美作誕生寺のものとあわせて、三大練供養といわれている。
リストマーク ギャラリー
◆牛玉宝印(撮影:1994年) ◆枝牛玉(撮影:1994年)
◆シンギ(撮影:1994年)
※明和9(1772)年の文字がみえる。
◆シンギを納めた箱(撮影:1994年)
※「真木」と記載されている。
◆シンギ(撮影:1994年)
※立てた状態(その1)
◆シンギ(撮影:1994年)
※立てた状態(その2)
リストマーク 参考文献 『岡山の神社仏閣』 市川俊介 (1978年)
『岡山の会陽』 三浦叶著 (1985年)
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