大正15年5月 岡山市写真帖
岡山県会議事堂・岡山県庁
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◆説明 「岡山県会議事堂」
第1回の岡山県会は明治12(1879)年3月、岡山市西中山下岡山師範学校講堂にて行われた。その後は、岡山市内の蓮昌寺、国清寺、後楽園鶴鳴館などが議場として使用された。
明治42(1909)年10月、岡山市石関町の亜公園跡(現、岡山市立後楽館中学校・高等学校)に議事堂が竣工され、昭和20(1945)年6月の戦災で消失するまで使用された。議事堂の設計、工事には桑邱茂技師、江川三郎八工師があたっている。
なお、江川三郎八は旧遷喬尋常小学校(国指定重要文化財)、旧旭東小学校附属幼稚園園舎(岡山市指定重要文化財)、旧閑谷中学校本館(登録有形文化財)などの設計も行っている。

「岡山県庁」
明治4(1871)年7月、明治新政府は廃藩置県を断行し、藩は県へと名前を変えた。同年11月、現在の岡山県域には岡山県・北条県・深津県(のち小田県)の3県が設置され、明治8(1875)年には岡山県・北条県の2県、翌9(1876)年には岡山県1県となった。
明治12(1879)年5月12日、それまで岡山市天神山のふもとにあった岡山県庁が高台に新築となり、開庁式が挙行された。岡山で最初の洋館であり、開庁式後の祝宴は神戸からコックを呼び寄せ、岡山での大規模な洋食宴会の最初になったという。時の県令は高崎五六であった。
岡山最初の洋館も、昭和20(1945)年6月29日の空襲で消失した。

◆参考文献 「岡山県会議事堂」について
『岡山県政史 明治・大正編昭和前期編』 岡山県 1967
『岡山県会史 第3編』 岡山県 1914
『山陽新報マイクロフィルム』(明治42年11月1日)
『岡山県の近代化遺産』 岡山県教育庁文化財課編 岡山県教育委員会 2005

「岡山県庁」について
『岡山県史 第10巻 近代1』 岡山県史編纂委員会編 岡山県 1985
『岡山県政史 明治・大正編昭和前期編』 岡山県 1967
『岡山県の成立』 岡山県立記録資料館 2005
『岡山県庁ものがたり』 蓬郷巌著 日本文教出版 1963
『岡山事物起源』 吉岡三平編 日本文教出版 1974
『山陽新報マイクロフィルム』(明治42年5月12日)

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 〔岡山県立図書館メディア工房〕
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