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岡田藩主伊東家の家系図は、『岡田村史』・『真備町史』・『吉備郡史』などに掲載されている。また倉敷市真備ふるさと歴史館に詳細な巻物の家系図があり、東大史料編纂所にも詳細な『備中岡田伊東家譜』・『伊東系図』などがある(インターネットで閲覧可能)が、いずれも現代に繋がるものではない。唯一、現代に繋がるものとしては、『平成新修旧華族家系大成』などがあるが、これは伊東子爵家本家本流のみであり伊東市長への繋がりがわかるものではない。また最後の藩主伊東長トシの子になる久実以降については、指定相続人が藩祖以来の血脈を離れ伊東巳代治(長崎出身、明治~昭和の官僚、憲法の番人を自任)の血筋に変わってしまっている。伊東香織氏の選挙事務所に家系図が張ってあったという話はよく聞く話であるが、どのような繋がりになるのかについて文献では事実を確認できない。なお、八代藩主長寛に多数の子弟がおりその系統で伊東姓を称している系統が複数あるようである。これらの系統になるのではないかと推測されるが、確認できる資料もなく定かではない。現状では、藩主との繋がりについては本人や親族に聞く以外に確認はできないものと思われる。文献:渡邉隆男「源福寺に葬られた岡田藩主伊東家の人々」(高梁川流域連盟機関誌『高梁川67号』、2009年)
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倉敷市立中央図書館