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学校給食の歴史

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日本で学校給食が始まった頃のメニューと学校給食の歴史がわかる児童書が見たい。

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・資料①には、学校給食のはじまりについて、「学校給食は家が貧しくて昼の弁当をもってこられない子どもを助けるために始まりました。日本では1889(明治22)年10月、山形県鶴岡町(現在の鶴岡市)の私立忠愛小学校(仏教の各宗派の寺院住職が設立)が始めたのが最初だといいます。この学校は恵まれない子どもたちのために少しでも勉強の機会をと僧侶たちが托鉢しながら運営し、学用品を支給したり、給食を出したりしました。給食のきっかけは弁当がひんぱんになくなることでした(石島康男著『山形県近代教育小史』)。明治年間には広島、秋田、岩手、静岡、岡山県の一部でも行われたようです。」と記載がある。そして、「1889(明治22)年の給食」として、「おにぎり、塩鮭、菜の漬けもの」の写真が掲載されている。なお、出典の『山形県近代教育小史』は当館に所蔵がないので、出典の確認はできない。

 戦前の学校給食については、「昭和期(1920年代後半)になると、経済の不景気は深刻となり、東北地方の鉄道沿線の子どもたちは、鉄道線路のそばに出て、乗客のすてる弁当ののこりをむさぼって食べるということが新聞でも報じられるようになりました。そこで政府も1932(昭和7)年に給食に補助をするようになりましたが、補助で手当てできたのは、その年で約38万人。1936(昭和11)年には62万人に増えましたが、全国の児童数からすればわずか数%に過ぎませんでした。当時は給食を実施している学校は貧乏学校だといううわさも流され、学校給食は日陰の存在でした。」と記載がある。

 戦中・戦後間もない頃の学校給食については、「戦争中の1944(昭和19)年、食糧不足になっていた6大都市(東京都、京都市、大阪市、横浜市、名古屋市、神戸市)の児童約200万人に、政府は米、みそなどを特別配給して給食を実施しましたが、まもなくはじまった学童疎開のために、この給食も中止になりました。」、「敗戦後、占領軍の援助のもとで、1946(昭和21)年12月から東京、神奈川、千葉の3都県の学校で試験給食が始まりました。1949(昭和24)年10月からはユニセフ(国際連合児童基金)から寄付を受けて、ユニセフ給食も開始されました。初めはミルク(脱脂粉乳)とみそ汁などの副食だけでしたが、1950(昭和25)年7月からガリオア(アメリカ政府が支出した占領地救済資金)によるアメリカ小麦粉で8大都市(6大都市に広島、福岡)の児童にパン、ミルク、おかずの完全給食が行われ、翌年2月からはこの完全給食が、全国の市制地にもひろげられました。」と記載がある。

 昭和26年頃から現在までの学校給食については、「1951(昭和26)年、講話条約をむすび日本が独立することにともない、ガリオア資金が打ち切られることになり、一時、学校給食の実施があやぶまれることになりましたが、国民の学校給食継続要求運動が全国でおこり、その声をうけて、1954(昭和29)年6月、学校給食法が成立。国と学校設置者(市町村)の補助のもとで学校給食が実施されることなり、現在まで続く学校給食の基礎がつくられました。現在では小学校ではほぼ100%の学校で、中学校でも8割以上の学校で給食が実施されています。戦後の児童、生徒の体位の著しい向上は学校給食のおかげという声がある一方で、学校給食の影響で日本人の舌がパンと洋風を好むようになり、肉食中心の食事から肥満や成人病が多くなっている、また、毎日食べ残しが発生し、ゴミの発生、資源の無駄遣いなどの社会問題をおこしている、というようなことも指摘されています。」と記載がある。

・資料②には、日本で学校給食が始まった頃のメニュー「おにぎり・塩鮭・菜の漬物」と、学校給食の歴史が写真とともに年表形式で掲載されている。特に、昭和30年代から現在までの歴史が詳しく記載されており、「1963年(昭和38年)頃 脱脂粉乳からミルクへ」、「1965年(昭和40年)頃 ソフト麺の普及」、「1976年(昭和51年)頃 ごはん(米飯)のはじまり」、「1985年(昭和60年)頃 各国料理のはじまり」、「1985年(昭和60年)頃 麦ごはんのはじまり」、「2000年(平成12年)頃 バイキング給食」、「2000年(平成12年)頃 行事料理などの強化」、「2003年(平成15年) 食育メニュー」などが紹介されている。

 そのほか、「給食牛乳の歴史」として、「1949(昭和24)年頃~ 脱脂粉乳」、「1966(昭和41)年頃~ びん牛乳」、「1964(昭和39)年頃 テトラ・クラッシック」、「1980(昭和55)年頃~ グーブルトップ」なども紹介されている。

・資料③には、資料②と同様に、日本で学校給食が始まった頃のメニュー「おにぎり、塩ざけ、菜っ葉のつけ物」と、学校給食の歴史が年表や写真とともに記載されている。そのほか、牛乳の「三角パック(テトラ・クラシック)」や、「先割れスプーン」の使用について記載されている。さらに、給食費についても記載があり、「全国の小学校で給食が出されるようになった1952(昭和27)年ころから、給食費は保護者の全額負担になりました。そのころの給食費は、1か月約350円。そこから10年の間には100円くらい高くなっていますが、20年後の1972(昭和47)年には、いきなり1000円を超える値上がりをしました。1976(昭和51)年には、2000円台になり、そのわずか5年後、1981(昭和56)年には、3000円台に突入。公立小学校の現在(2007年)の給食費の平均は、3900円です。」と書かれている。

・そのほか、資料④や資料⑤にも、資料②や資料③と同様の記載がある。

・資料⑥には、「「おにぎり、やきざかな、つけもの」これが、日本で さいしょの きゅうしょくです。」と記載されているが、写真がなく、学校給食の歴史もほとんど記載されていない。

・資料⑦には、日本で学校給食が始まった頃のメニューについて記載されていないが、給食の簡単な歴史が文章のみで記載されている。そのほか、写真は掲載されていないが、以前は給食のおかずにクジラの料理があったことや人気の給食のメニュー、弁当の日、食育、残った給食、給食の作られ方など、給食について幅広い内容が解説されている。

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学校給食の歴史

(ガッコウキュウショクノレキシ)

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①岩本努[ほか]『ビジュアル版学校の歴史 1』 汐文社,2012,55p. 参照はp.46-50.
②スタジオダンク『身近なものの進化図鑑 3』 汐文社,2013,39p. 参照はp.14-19.
③WILL子ども知育研究所『はじめよう!楽しい食育 6』 金の星社,2008,39p. 参照はp.10-11.
④『給食ではじめる食育 4』 あかね書房,2009,47p. 参照はp.44-45.
⑤WILLこども知育研究所『ビジュアル食べもの大図鑑』 金の星社,2014,127p. 参照はp.102-103.
⑥『なぜ?どうして?みぢかなぎもん 1年生』 学研プラス,2019,191p. 参照はp.150-156.
⑦『学校のなぞ 2』 草戸文化,2006,103p. 参照はp.13-36.

NDC classification
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376:幼児・初等・中等教育

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