レファレンスデータベース > 戦前の釜山市街地図戦前の釜山市街地図質問内容戦前の朝鮮半島の釜山に位置していた「富平町」は現在も同じ名称で残っているか。当時の市街地図があれば比較したい。回答内容『一万分の一朝鮮地形図集成』(柏書房)のp77-78に1919年当時の「釜山府冨平町」という地名が見える。さらに『近代植民地都市釜山』(桜井書店)の裏表紙に掲載された図版写真に「釜山案内図」(1938年:釜山博物館所蔵)が掲載されており、当時の富平町の位置が確認できる。『韓国’05』(昭文社)の付属地図p22にある「南浦洞周辺」では2005年現在、「富平洞」(ブピョンドン)という名称が残っている。回答館・回答団体岡山県立図書館カテゴリ情報レファレンスデータベース > レファレンス事例データ > 岡山県立図書館レファレンスデータベース > レファレンス事例データ > 岡山県立図書館メタデータレファレンス事例タイトルレファレンス事例タイトル戦前の釜山市街地図(センゼンノプサンシガイチズ)回答した図書館または団体回答した図書館または団体岡山県立図書館(オカヤマケンリツトショカン)情報源(回答)情報源(回答)朝鮮総督府『一万分一朝鮮地形図集成』東京,柏書房,1985,98p.参照pp.75-76. 坂本悠一ほか『近代植民地都市釜山』東京,桜井書店,2007,230p.参考は裏表紙. 『韓国’05』東京,昭文社,2004,127p.参照は付録22p。関連情報URL関連情報URLhttp://busan.nekonote.jp/NDC分類NDC分類292:アジア利用対象者利用対象者全年齢, 高校生, 中学生回答日回答日2007-04-10公開日公開日2008-02-23このページのURLこのページのURLhttp://digioka.libnet.pref.okayama.jp/detail-jp/id/ref/M2007052610224960237関連するコンテンツ郷土情報ネットワーク続きはこちら >レファレンスデータベース続きはこちら >