レファレンスデータベース > 牛乳ビンのふたの変遷とふたのつまみができた時期
牛乳ビンのふたの変遷とふたのつまみができた時期
質問内容
回答内容
『MILK CAP牛乳ビンのふたの本』に「明治・大正時代の牛乳ビン。ふたは細口に紙を手で押し込んだものやコルク栓だった」「昭和28年の牛乳ビン。広口、紙栓、おおい紙で、今のものにかなり近い」という記述があり写真が載っている。
『思い出牛乳箱』に「初めてガラス製の牛乳ビンを使ったのは、明治22年牛込の津田牛乳店で、これはソースびんのような細口で、口には紙を巻いて販売したといわれている。なお、昭和3年に警視庁から施行された「牛乳営業取締規則施行細則」では、殺菌を義務付けると共に無色透明のガラスびんで紙栓を使用するように定められている。」という記述がある。
『乳加工技術史』に「1895年東京第一の牛乳店である北辰社は、牛乳瓶の口に紙片を張り蓋にした」という記述がある。
『森永乳業五十年史』に「牛乳栓(せん)の移り変わり」という頁があり、紙栓は大正末期には欧州からの輸入物が使われていたが、昭和初期に国産の紙栓が使われるようになったこと、キャップの大きさについての記述がある。また「牛乳ビン口の変遷」という図があり瓶ビールの栓のようなものが見られる。ふたのつまみについては「一部の地区で使われている変型のキャップ(舌つきとか、ヒモつきとかいわれているもの)は、便利なようですが、衛生的でない面もあるのです。」という記述があるがいつ頃から使われているかは不明。
『MILK CAP牛乳ビンのふたの本』に取っ手つきキャップについて記述があり、「この取っ手つきキャップ、使用の可否が都道府県ごとに決まっているので」という記述があり、全国一律でないことがわかる。また、日本の地域ごとの紙キャップが写真で紹介されており、岡山県のものにはつまみがついている
『オハヨー乳業50年の歩み』には「昭和31年(1956)5月1日、紙シード(ワイヤーシール止め)方式でオハヨー牛乳を発売」 「昭和39年(1964)、紙フード方式(ワイヤーシール止め)からポリフード方式(リボン止め)に変更」「1998年衛生面、安全面を考えたオーバーシュリンク包装に」とあるが、ふたにつまみがいつからついていたかは不明。
2010年8月30日の山陽新聞に「牛乳紙ぶた”消滅”メンコや工作材料 岡山県内小中給食で1%に ポリキャップ切り替え進む コレクターら惜しむ声」という記事が載っており、最近は紙ぶたからポリキャップへと変わっていっていることがわかる。
ふたのつまみがいつ頃からあるかについては確認できなかった。
回答館・回答団体
岡山県立図書館
カテゴリ情報
![]() | レファレンスデータベース > レファレンス事例データ > 岡山県立図書館 |
---|