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大原美術館の美術品疎開
質問内容
回答内容
・『大原美術館ロマン紀行』(資料①)によれば、1943年の「軍需金属回収令」により「カレーの市民」、「洗礼者ヨハネ」2体のロダン像に供出命令が出た際に武内潔真館長が関係官庁に嘆願書を提出、免除された経緯が示されている。
・『夢かける 大原美術館の軌跡』(資料②)には、1943年7月10日に岡山県からロダンのブロンズ彫刻の供出連絡を受けて、回収免除の申請後、同年12月29日に供出免除の決定が伝えられた様子が記される。また、大原美術館の「名画疎開」として安養寺の住職の紹介を通じて、日近村(現・岡山市北区)の民家土蔵に1945年6月30日と7月3日に2台のトラックで運搬したことがわかる。
・「15年戦争下の大原美術館」(資料③)では、大原美術館の日誌の記述をもとにロダン像の金属回収と美術品の疎開経緯を説明し、終戦後の9月11日に疎開作品を回収、12月1日には再開館したとする。
・昭和19年1月16日「合同新聞」(資料④)では、「七像は残存 岡山縣下銅像應召」という見出しで「カレイの市民および預言者ヨハネの二像」の残存決定を伝えている。
回答館・回答団体
岡山県立図書館
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