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着物の衿合わせ

質問内容

着物の衿が右前なのはどうしてかが分かる児童書を読みたい。

回答内容

①『「日本人」を知る本3』では、「じつは古代には、衣服を左前に着ていたことがありました。古墳から出土する人物埴輪を見ると、古墳時代の人びとは上着を左前に着ていたことがわかります。また、飛鳥時代末から奈良時代初めのころにつくられた高松塚古墳の壁画にえがかれた女性たちも、上着を左前に合わせています。左前に衣装を着ることは、古墳時代に中国からつたわった習慣で、そのころの中国では左前に衣服を着ていたのです。もともと、左前に着るのは大陸の北方民族の習慣だったのですが、やがて、中国が北方民族の習慣をいやしんで右前になおすと、日本でも奈良時代の719年に左前から右前にするように命令がだされました。このときから、日本の衣服は、右前が一般的になったのです。」と記載されている。

②『ビジュアル日本の服装の歴史1』では、「701年(大宝元年)に制定された大宝令では、唐の制度にならって、礼服・朝服・制服の制度が定められましたが、残念ながら大宝令は現在に伝わっていません。718年(養老2年)には大宝令を改定した養老令が定められます。これは平安時代以降も生きていく法令なのですが、養老令が実施されるのは757年(天平宝字元年)まで遅れました。そのあいだ、政府は多くの令を出して養老令の内容を実施していきます。その一つに、719年(養老3年)に出された右衽(みぎまえ)の令と握笏(あくしゃく)の令があります。胡服系であった日本の衣服の衿の合わせ方は左衽が普通でした。しかし中国では、左衽は「蛮人」(未開人)の風俗と軽蔑されていたのです。このことを知った政府は、全国民の衿の重ね方を右衽に統一しました。現在まで受け継がれている和服の衿を右衽に重ねる風習はこの時に始まったのです。」と記載されている。

③『日本の生活道具百科3』では、「着物の右前はいつから?」の項目で、「着物を着るときは、前身頃の右側をまず身体に当て、その上に左側を重ねるのが正しい着方で、それを右前という。その逆は左前といって死者を葬るときの着せ方で、縁起が悪いといって忌み嫌われる。死者の着付けを生者と反対にして生きている人と区別し、他界(人間の住むこの世ではない、あの世)に住む者であることをはっきりさせようとしたのである。物事が順調ではないということから、よく「あの会社は左前だ」といったりするのは、会社の経営状態が悪くて今にも倒産しそうなことを表している。ところが、古墳時代の埴輪を見ると、男女とも左前の服装をしている。これは中国から入ってきた風習であった。中国でも昔から、「人は右をもって尊しとなし、左をもって次となす」として右前を正しいとしていた。ところが紀元前3世紀に北から侵入した異民族が左前の服装をしていたために、これと戦う武人の服装を左前と定めた。この文化が日本に入ってきて左前となったのである。しかし、日本では養老3年(719年)に「襟を右にせしむ」という命令が出され、それ以後はずっと右前が正しいとされてきた。」と記載されている。

④『和服がわかる本』では、「着物は、衿を体の前でななめに合わせて着ます。そのとき、自分から見て右側の衿をまず体にあて、その上に左の衿を重ねます。これを「右前」といい、男女ともに共通の着方です。また、右前と逆の合わせ方を「左前」といいます。大昔は衣服の衿の合わせ方は右前・左前の両方があったとされています。しかし、奈良時代の719年に、「すべての人は右前で衣服を着なさい」と法律で定められ、これ以来、右前で着ることが定着しました。左前は、亡くなった人に着物を着せるときのやり方となりました。生きている人が左前で着物を着るのは縁起が悪いとされています。」と記載されている。

⑤『タテ割り日本史2』では、「問題提起 服のえりの合わせ方は昔から今と同じだったのですか?」の項目で、「衣服のえりの合わせ方は、古墳時代以来、左前でした。奈良時代に入ると、唐の影響を受けて、朝廷は「えりを右前にせよ」という命令を出しました。」と記載されている。

⑥『日本のしきたり絵事典』では、「ボタンのついた洋服にそでを通したとき、ボタンがある方がかならず下になるので、左右の合わせも男女で逆になります。服のボタンをとめると、男性用の洋服の合わせは「右前」になり、女性用の洋服の合わせは「左前」になります。これが、昔から守られてきた洋服の決まり事です。でも、日本の着物は、男女とも「右前」にしてきました。その理由は、右ききの人がふところに右手を入れて、服のみだれをなおしやすいからといわれています。」と記載されている。

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着物の衿合わせ

(キモノノエリアワセ)

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(オカヤマケンリツトショカン)

情報源(回答)
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①遠藤喜代子『「日本人」を知る本3』 岩崎書店,2004,47p. 参照はp.16-17.
②増田美子『ビジュアル日本の服装の歴史1』 ゆまに書房,2018,57p. 参照はp.30-31.
③中林啓治『日本の生活道具百科3』 河出書房新社,1998,49p. 参照はp.14.
④こどもくらぶ『和服がわかる本』 岩崎書店,2016,63p. 参照はp.24.
⑤講談社『タテ割り日本史2』 講談社,2020,55p. 参照はp.12.
⑥深光富士男『日本のしきたり絵事典』 PHP研究所,2008,79p. 参照はp.16.

NDC分類
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383:衣食住の習俗

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