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ゲオルギウの作品の中で、ルターの言葉を引用しているもの
しつもんないよう
かいとうないよう
当館の所蔵しているゲオルギウ著『25時』を確認したが、該当する言葉は引用されていなかった。
①『世界名言大辞典』で人名索引を調べると、“いかなるときでも、人間のなさねばならないことは、世界の終焉が明白であっても、自分は今日、リンゴの樹を植えることだ。(最後の瞬間を支えるものは希望)―ゲオルギ「第二のチャンス」”という記載があった。
②『第二のチャンス』には、物語の最後の場面で“ピラはおどおどとした彼女の美しい眼を見、マルチン・ルッターの言葉を思い出す。(中略) ピラは云う。「Und wenn Morgen Weltuntergang ware,ich werde am heutige Tage doch Apfelbaumen pflantzen.」 (中略) ピラはドイツ語を訳しはじめる。「たとえ世界の終末が明日であっても、自分は今日リンゴの木を植える・・・・・・」”とある。
マルチン・ルターの言葉ということから、ルターの著作や関連書を探索したが、言葉の出典は見当たらなかった。
③徳善義和著『マルチン・ルター 生涯と信仰』によると、“これはマルチン・ルターの言葉だと言われて、あちらこちらに引用されるのですけれども、この言葉がどこにあるのかと何人かの方に尋ねられた機会に、私が何回かにわたってかなり大捜索をして探してみましたけれども、見つかりません。その後、高名な学者に伺ってみても、やはりルターの言葉ではないということのようですけれども、ルターの信仰の気持ちをよく表していますから、それでマルチン・ルターの言葉ということになってしまったと思うのです。それは、「たとい明日が世界の終わりの日であっても、私は今日りんごの木を植える」という言葉です。”とあった。
かいとうかん・かいとうだんたい
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