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西日本旭スポーツセンターについて
しつもんないよう
かいとうないよう
・『旭町誌 通史編』(資料①)によると「財団法人西日本旭スポーツセンターが設立されたのは昭和53年6月、オープンしたのは同54年である。林間を走るサイクリングロード・モトクロス場・プール・テニスコート・教育キャンプ場・その他の文化施設などスポーツと娯楽を兼ねた青少年健全育成の場として期待されたが現在閉鎖中である。」「“西日本旭スポーツセンター”は平成10年の現在はなくなっている。」とある。
また、同書に掲載される旭町の簡易地図「桜と湖のまち」には「西日本旭スポーツセンター」の記載がある。さらに、旭町「観光・レクリエーション施設(平成2)年」の一覧表には、スポーツセンターは旭町の西垪和地区に存在したことが記載されている。
・『旭町振興計画』平成2年版(資料②)には、「民間資本による(財)西日本旭スポーツセンターが、昭和53年度より自然とのふれあい豊かな観光・レクリエーション施設を建設し営業しているほか、昭和59年7月より(株)キャンソンがスイス村を建設し、各種のスポーツ・レクリエーション施設に加え、スイス風の宿泊施設ロッジが整い、京阪神を中心に広く観光客を集めている」と記載がある。しかし、同書平成7年版(資料③)には、「西日本旭スポーツセンター」の記載がなくなっている。
・『あさひ ’83 旭町町勢要覧』(資料④)には、西日本旭スポーツセンターの説明と共に、テニスコートの写真が掲載されている。
・『旭町50年のあゆみ』(資料⑤)には、昭和53年の項の「できごと」に、「7月(財)西日本旭スポーツセンターと旭町との間で開発協定書調印」とある。また、当時の広報紙『広報あさひ』(昭和53年8月15日発行)が掲載され、「野外スポーツセンターこの秋着工予定」と見出しがある。
また、昭和54年の項の「できごと」に、「9月(財)西日本旭スポーツセンターが一部完成しオープン」とあり、当時の広報誌『広報あさひ』(昭和54年9月15日発行)も掲載され、広報誌の表紙のテープカットの様子が掲載されている。
・資料⑤を受け、『広報あさひ』を確認する。
昭和53年8月号(資料⑥)には、「財団法人西日本旭スポーツセンター(理事長・木村武千代代議士)と旭町との間で、去る7月10日、開発協定書の調印が行われました」と記載されている。
昭和54年1月号(資料⑦)には、「旭町西垪和ヒジ畝に建設する、西日本旭スポーツセンターの建設起工式が、去る12月12日、関係者、山崎町長をはじめ地元民約百人の出席のもとで現地で行われ、財団法人西日本旭スポーツセンター、木村理事長らが工事の安全を祈ってくわ入れをしました。」「今年度は三億円の事業」と記載がある。
昭和54年7月号(資料⑧)には、「宿泊施設など今急ピッチ」と題して、西日本旭スポーツセンターの建設途中の写真とともに記事が記載されている。
昭和54年9月号(資料⑨)には、「“湖と桜のオアシス”をキャッチフレーズに、西日本旭スポーツセンター建設計画の53年度事業がこのほど完成し、9月8日にオープンしました。」とあり、式典のテープカットの際の写真が掲載されている。
・『山陽新聞』(昭和59年8月23日夕刊・資料⑩)に、西日本旭スポーツセンターを紹介する記事が掲載されている。記事には、「スイス風の景観」とあり、スイス風の民家や、人口スキー場やプール、変形自転車等の施設・設備があることが記載されている。また、問い合わせ先の住所は「久米郡旭町西垪和1698-2」となっている。
以上から、西日本旭スポーツセンターは、昭和54年9月にオープンし、平成2年頃まで運営されていたことは確認できるものの、その後いつ閉鎖されたかわかる資料はみつからなかった。
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