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千日前商店街の名前の由来
しつもんないよう
かいとうないよう
①『現代岡山町誌』には、「天瀬千日前」についてまとめられており、前身は「可真町」と呼ばれていたことなどが紹介されている。「大正末期、木下唯助氏が娯楽街を目論み、当時岡山新聞の名物記者岡田膺仏が大阪千日前に習つて新千日前と名付けたが新千日前では語呂が悪く、自然に新を置き忘れて千日前と呼ばれるようになつた。完全に千日前として知られるようになつたのは昭和になつてからで、(後略)」とある。
②『岡山市の地名』には、可真町について簡単に紹介されており、「大阪の娯楽街の名をとって新千日、戦後になって千日前と呼ばれるようになった。」とある。
③『岡長平著作集 第5巻 ぼっこう横丁』の「可真町」の項に「金馬舘が建ったとき(大正八年十月一日開館)、支配人格だった岡田膺仏(花柳記者で知られた)が、可真町では色気がない……、というわけで、岡山新千日・『可真町』改名―、と肩書に入れたのが、今の千日前の始まりである。それが、いつとはなしに、千日前が通り相場になってしまった。」とある。
かいとうかん・かいとうだんたい
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