山から海へ、児島湖から児島湾へそして瀬戸内海へ
岡山大学資源生物科学研究所 青山勲
1.はじめに
児島湾には吉井川、旭川の2つの1級河川と児島湖を経て流れ込む河川からの栄養塩の流入によって、今なお好漁場となっている。しかし近年、生活排水や工場排水の流入によって海水の清澄度は次第に失われつつある。今私達には、この児島湾環境を守り、漁場として、またその周囲の景観破壊を防ぎ、次の世代に残して行くことが重要な使命となっている。ここでは最近の児島湖、児島湾の水質の動向をみながら、山から海までの川でつながれた流域管理と児島湾の環境保全のありかたについて考えを巡らしてみたい。
2.児島湖・児島湾の水質
児島湖の水質は、主として倉敷川、篠ヶ瀬川の水質と流量、湖内における滞留時間そして気象条件によって定まる。中でも河川からの汚濁物質の流入負荷量が支配要因である。児島湖に流入した水は、過去16ヶ年間平均して、12日滞留して児島湾に流れ込む。
児島湖湖心部の過去10年間の水質の変化を表1に示す。
表1 児島湖湖心部の水質年変化
水質 | H7 | H8 | H9 | H10 | H11 | H12 | H13 | H14 | H15 | H16 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
COD | 11.0 | 10.0 | 9.4 | 12.0 | 9.7 | 9.2 | 9.1 | 9.8 | 9.1 | 9.0 |
T-N | 1.9 | 1.8 | 1.7 | 1.9 | 1.5 | 1.6 | 1.4 | 1.3 | 1.3 | 1.5 |
T-P | 0.20 | 0.21 | 0.19 | 0.24 | 0.18 | 0.19 | 0.19 | 0.19 | 0.19 | 0.21 |
表1に見られるように、過去10年間の児島湖湖心部の水質は、COD、全窒素(T-N)、は改善傾向にあり、全リン(T-P)はほぼ横ばいで、改善の効果が見られない。COD濃度を基準に評価され、公表される数値で、以前は児島湖は例年ワースト5内にランク付けされることが多かったが、最近ではワースト5に入ることはなくなった。リンは処理場でも除去されにくく、河川における流下過程における自然浄化も起こりにくく、水質改善傾向が見られない。いずれの水質項目も環境基準を達成していない状況が続いている。
一方児島湾に流入する旭川、吉井川の水質はおおむね環境基準値を達成している。海域においては、児島湾沖を除いて経年的にもT-N、T-Pの環境基準値を満足している。
児島湖は40数年前、堤防で締め切られ、淡水湖化された直後から水質汚濁が始まったと言われている。湖沼の大きさに比較して、広い流域面積を持ち、河川の末端部に位置する児島湖の汚染の進行は、むしろ必然的であったと言える。岡山県の児島湖に係る湖沼水質保全計画によると、現在進捗中の下水道計画その他の水質改善事業が達成されたなら、児島湖の水質環境基準が達成されると見込まれている。児島湾は環境基準を満足している。それにもかかわらず、現在の児島湖の状況に満足する人は少ない、次のこの問題について考えてみたい。
3.児島湾のあるべき姿とは
前述のように、児島湾はおおむね水質環境基準を満足しているが、児島湾関係者には決して評価が得られているわけではないようである。では児島湾はどうあるべきか、個人的な考えを述べてみたい。
まず生活を営む場として考えると、まずは漁場として、生物の多様性と高い生産力を持つことが要求される。このためには窒素、リンなど適切な栄養塩の存在が要求される。水質が良ければ良いという問題ではない。漁業を営む人達が今後どのような経営形態を望まれるのか、それにとって漁場環境のありようが異なるであろう。
次に児島湾及びその流域全体として見たとき、様々な世界遺産が存在することに気づく。湾内にあっては日本書紀にも記述されている歴史的な価値を有する高島、新岡山港から東の方向を望むと熊山連山の景観、夕日を背景に昔ながらの郷愁あふれる四手網小屋の並ぶ風情、陸に上がると、児島湾干拓地に散在する、数々の樋門の近代遺産、児島半島と周辺の風景、さらに深山公園など児島湾周辺には守りたい、残していきたい数多くの景観・遺産がある。しかしそれらは今、散在するだけで、児島湾周辺全体としてのまとまりのある景観となっていない。児島湖のあるべき姿は豊かな漁場生産の場としての児島湾を中心とし、周辺の景観を一体とする地域文化圏として考えるべきではないかと思う。そのような位置づけの元で、児島湾に対する県民の認識も高まり、全県下の県民の児島湾として再生するのではないかと思う。
4.里山・里海
かつて里山は農民にとって豊かな生産の場として生活の中に入り、まさに共存してきた。しかし今様々な理由から里山の荒廃が懸念されている。一方沿岸部では、河川から流入する汚濁物質のために汚染され、また沿岸部の埋立などによる物理的環境が改変され、豊かな海産資源の場であった沿岸部が里山と同じ運命を辿ろうとしている。このような状況の下で、沿岸部の生物生産性と景観の保全を目的として「里海」なる概念が生まれてきた。「里海」とは適切な人為的管理を行うことによって、本来海域が有している生物の多様性を守り、高い生物生産性を保持し、沿岸部における環境浄化能を持つ沿岸海域のことをさしている。本来、河川の上流部からは適切な栄養塩を含む水、土砂が沿岸部に流出し、干潟、藻場が形成され、そこに「里海」が出来ていたのである。しかし今日、河川の上流部での森の維持・管理が出来ず、ダムの建設によって適度な栄養分を持つ土砂が下流部に達することなく、また中流部からは汚濁物資が流出し、沿岸部では土砂が流出し、水質汚濁が進み、「里海」としての機能が失われてきた。今、川を媒介として、上流部と下流部が一体となって、流域及び海域の管理を始めることが要請されている。
(注)水質データは児島湖ハンドブック(岡山県)平成18年及び岡山県環境白書2006、平成18年版による。