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明治、大正、昭和にわたって活躍した政党政治家。木堂と号す。 現在の岡山市川入で、郷士(大庄屋)の二男として生まれた。 慶応義塾在学中には、報知新聞記者として西南戦争に従軍した。 1882年(明治15)の立憲改進党結成に参加し、東京府会議員をはじめ連続して代議士を務めた。 1898年(明治31)文部大臣となり、1910年(明治43)には、立憲国民党を創立した。 1922年(大正11)には革新倶楽部を組織し、護憲運動の中心的政党政治家として活躍した。 第二次山本内閣および加藤内閣では、逓信大臣を務めた。 1929年(昭和4)政友会総裁に就任し、1931年(昭和6)には首相となり、政友会内閣を組織したが、翌年、5・15事件で暗殺された。 |
【参考資料(岡山県立図書館所蔵)】 「話せばわかる−犬養毅とその時代 上・下」(山陽新聞刊、昭57) 「犬養毅伝」(鵜崎熊吉著、誠文堂、昭7) 「犬養木堂伝」全三巻(鷲尾義直編、原書房、昭43.昭13の復刻) 「犬養木堂書簡集」(鷲尾義直著、人文閣、昭15) 「木堂先生写真伝」(鷲尾義直著、木堂雑誌社出版部刊、昭7) 「木堂秘話」(古島一雄著、山陽新聞連載、昭25) 「犬養毅」(岩渕辰雄著、時事通信社、昭33) |