護国山 曹源禅寺
 曹源禅寺の日曜坐禅会に参加して10年ほどになります。その間多くのことを見聞きしながら
 写真を撮り続けてきました。
 これは、曹源禅寺の住職原田正道老師のご厚意とご指導のお陰であり心から感謝申し上げ
 ます。
 また、当寺の修行僧・近郊の世話役の方々や坐禅の同好の士にも多々お世話になっている
 ことに併せて厚く御礼申し上げます。
(1) 国史跡としての曹源寺

 曹源禅寺について概要の紹介をさせて戴くとすれば、当寺の総門に向かって右にある
岡山市教育委員会の「国史跡 岡山藩主池田家墓所」という標識が適当でありましょう。
それを次に示します。

 国史跡
岡山藩主池田家墓所
 曹源寺本堂の背後に、池田家の墓所が築かれていま
す。墓所には、岡山藩三代藩主綱政から十二代章政ま
での歴代藩主や近親者の墓が、玉垣で囲まれ整然と配
置されています。
 曹源寺は、岡山藩主池田綱政が元禄十一年(一六九八)
に、高祖父信輝と父光政の菩提を弔い、自らの冥福を
も祈るために建立した池田家の菩提寺です。山号を護
国山といい、絶外和尚を開山に迎え、家臣上坂外記に
命じ造営された臨済宗妙心寺派に属している備前国第
一の禅寺で、十一面観音を本尊としています。
 山を背に、広い寺地を設けて建てられた壮大な伽藍
は、禅宗建築の代表的なものです。伽藍の両脇には真
言宗・天台宗・日蓮宗・浄土宗の塔頭を末寺として配
置しており、 このうち現存する天台寺(天台宗)と大
光院(日蓮宗)も指定域に含まれています。
 堂舎の東に広がる池泉回遊式の庭園は、絶外和尚と
津田永忠との合作による築造で、江戸中期のすぐれた
禅庭でもあります。
 平成十年四月に近世大名墓の典型的な墓所として、
吉永町和意谷の池田家墓所及び津田永忠墓とともに国
の史跡に指定されました。
            平成十一年三月          
岡山市教育委員会
総門石塔
− 総 門(平成12(2000)年4月16日撮影 −
(2) 護国山曹源禅寺十境

 護国山曹源禅寺には創設当時の背景を表したものに「護国山曹源禅寺十境」があります。
 本堂と小方丈をつなぐ通路となっている入り口があり小方丈側に下図の掲示があります。
 つまり、当寺境内は広大で二十六町歩の山林に囲まれた平地七千坪もあり、その境内は
 南面して児島を遠望し(「南明海」「金甲島」)、児島湾には干拓による豊かな美田が眼前に
 眺められ(「群鶴田」)、海に開かれた立地を有し、岡山市内にありながら奥深く物静かな景色
 で特に背山の最高峰の「萬歳峰」及びその萬歳峰を形成する聳え立つ巌の「百丈巌」、山中
 には藩主が江戸参勤交代の目印として建立された三重塔、その傍らに当山鎮護の主たる、
 八幡菅神を祀る「知津廟」(チシンビョウ、注:現在喪失)、書院庭園の「曹源水」、および
 「亀齢池」、草木の鬱蒼と茂る庭園の背山の「萬松岡」、山中より流れ出る渓谷「臨済河」等
 創建当時十境の景勝が挙げられています。

十境
− 十境(平成20(2008)年3月2日撮影 −
ホームページの目的


 曹源禅寺は歴史と格式のある名刹であると同時に近年は海外から修行者が参集して修行
 に励み、帰国しては禅道場を開くなどしていることがTV等を通して紹介され、それに関
 心を持たれて訪れる方も多いようです。
 ここでホームページを開く目的は、曹源禅寺の日曜坐禅会に出席する間に撮った数多く
 の写真の一部をご覧いただくことであります。写真は坐禅や修行の邪魔にならないこと
 や、掛け軸などを歪みなく撮影することの難しさなど、撮影条件などの制約があったこ
 とを弁解させて戴きます。
 しかし本寺を訪れる方々への案内の一助となれば幸いであります。そして出来れば坐禅
 や茶席などでの法話に加えて庭園の四季の美しさや静寂・小鳥の声に包まれる幸せに浸っ
 て戴きたいものと考えます。それと同時に、何気なく拝見できる仏像や書画(掛け軸な
 ど)等の貴重な文化遺産の存在を知り鑑賞する喜びを共有してもらいたいものでありま
 す。
 また、歴代の曹源禅寺の方々のご努力のお陰で約310年間それらの文化遺産が保存されて
 きたのですが、将来とも郷土の貴重な文化遺産として永く大切に保全できることを願っ
 てやまない次第であります。


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リストマーク 参考文献 『護国山曹源禅寺案内記』 曹源禅寺発行
『芳躅』 曹源禅寺発行(平成12年11月5日)
制作:岡山県立図書館
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※この作品は、岡山県立図書館メディア工房にてホームページ作成講座の受講生が制作しました。
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