大正15年5月 岡山市写真帖
岡山後楽園
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◆説明 「岡山後楽園」
旭川をはさみ、岡山城の対岸にある林泉回遊式の庭園。江戸初期を代表する大名庭園であり、昭和27(1952)年に特別名勝として指定された。
岡山藩主池田綱政の命により津田永忠が総指揮を取って造成されたと考えられ、貞享4(1687)年12月に「鍬初」を行っている。
江戸時代は御後園などと呼ばれ、後楽園となったのは明治4(1871)年以後である。「後楽」とは、中国の宋代に氾仲淹が著した『岳陽楼記』の中にある「先憂後楽」からとったと言われている。
また、水戸の偕楽園、金沢の兼六園とともに称される日本三名園の由来は明らかではないが、明治24(1891)年8月に後楽園を訪れた正岡子規が記念に買った写真の裏に「岡山後楽園 日本三公園ノ一」とのメモや、『後楽園眞景及詳誌』の序(明治辛卯(24年)夏五月 豁堂居士(武田猛夫のこと)しるす)にある「後楽園は日本三公園の一にして」などから、明治中ごろからのことと考えられる。

◆参考文献 「岡山後楽園」について
『後楽園真景及詳誌』 北村長太郎編 細謹舎 1895
『岡山後楽園史 通史編、資料編』 後楽園史編纂委員会編 岡山県郷土文化財団 2001
『備前岡山人名彙海』 妹尾裙編 備前岡山人名彙海刊行会 1933
『岡山県史蹟名勝天然紀念物調査報告 第2冊』 岡山県史蹟名勝天然紀念物調査会編 名著出版 1974
『岡山県史蹟名勝天然紀念物調査報告 第11冊』 岡山県史蹟名勝天然紀念物調査会編 名著出版 1974

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 〔岡山県立図書館メディア工房〕
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