会陽って何だろう − 寺社の紹介(備前地区) 
リストマーク 名称(ヨミ) 観音院(カンノンイン)
リストマーク 所在地 玉野市日比
− 観音院山門(撮影:1994年) −
リストマーク 寺社の説明 正式には、「與楽山常光寺観音院」、地元では、「日比観音院」とも
宗派:真言宗
開基:天平年間(729〜748年) ※寺伝・縁起等による
本尊:十一面観世音菩薩
リストマーク 当寺の会陽
起源等 応永年間(1394から1428年)、修正会結願の日(旧1月17日に)に、当時盛んに南方と交易していた船団が、金銀財宝を群衆に投げて供養したことからはじまったといわれる。
時期は、不明であるが、やがてシンギが投下される会陽へと変化して実施されてきた。
しかし、昭和34(1959)年を最後に危険であるという理由により、中止となった。
現在の
会陽
現在は、行われていない。
その他 丸谷氏が県内で六角形のシンギを発見したのはここだけである。
当寺の会陽は、一般の牛玉授与という性格ではなく、航海の安全と人々の幸せを目的に行われたという特徴をもつ。
リストマーク 参考情報 日比の天神山という小山を境内地とし、小さな城郭を思わせる構えである。古号は天神山西福寺医光院。
伝承では、海を隔てて弘法大師誕生の地讃岐が望見され、天平年間(729年から749年)、行基菩薩により海上交通の要衝であった日比港の止宿寺として開創されたとある。
第二次大戦後、当時の岩崎住職が日中友好に尽くしたことも知られている。
また、十一面観世音菩薩像は、市の重要文化財に指定されている。
リストマーク ギャラリー
◆シンギの正面(撮影:1994年)
※十一面観世音の部分は開けることができる。
◆シンギ(別の面)(撮影:1994年)
※すべての面に仏の名がある。
◆シンギ(撮影:1994年)
※立てたもの
◆会陽に関連した額(撮影:1994年)
※「玉」ではなく「王」となっており、「所」でなく「将」となっている点が西大寺観音院と異なる。
リストマーク 参考文献 『児島郡史』 私立児島郡教育会 (1915年)
『岡山の会陽』 三浦叶著 (1985年)
『高野山真言宗備前お寺めぐり』 高野山真言宗備前宗務支所 (1988年)
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