会陽って何だろう − 寺社の紹介(美作地区) 
リストマーク 名称(ヨミ) 安養寺(アンヨウジ)
リストマーク 所在地 美作市林野
− 安養寺の寺名の額(撮影:1994年) −
リストマーク 寺社の説明 正式には、「間山仁王院安養寺」
宗派:真言宗
開基:圓城院空眞恵伝上人(時期不詳)
本尊:十一面観音
リストマーク 当寺の会陽
起源等 安養寺の会陽は、850年の伝統を持つといわれ、かつては、修正会の結願の13日の夜半にシンギが投下されていた。
なお、昭和35(1960)年ごろから、子ども会陽もはじまった。
現在の
会陽
現在の会陽は、毎年2月の第2土曜日の夜に行われる。
まず、午後4時から子ども会陽がはじまる。
次に午後8時40分の一番太鼓を合図に、近くの吉野川で体を清めたはだかの群れが境内に入場し、午後9時頃、観音堂渡り廊下から、副真木の投下があり、続いて観音堂福窓から陰陽2本のシンギが投下され、はだかの群れによる奪い合いがはじまる。
平成18(2006)年は、2月11日夜、約800人の参加者により行われた(子ども会陽は約80人が参加)。
その他 シンギを授かった者を福男といい、シンギの納まるところを祝い主という。
リストマーク 参考情報 中興の開山は圓城院空眞恵伝上人。
天正元(1573)年、兵火により堂宇を焼失し、その後再建され、元禄10(1697年)に現在地である美作市林野に移転した。
十一面観世音(国指定重要文化財)は、総高1085mmの立像であり、檜の寄せ木作りである。藤原時代末期の様式を残し、恵心僧都(942〜1017)の作と伝えられる。
なお、院号の「仁王院」は、津山藩主森忠政が、当時の安養寺の衰微を嘆き、京都の仁和寺に復興の援助を願ったときにおくられたものである。
リストマーク ギャラリー
◆シンギ(副)と包み紙(撮影:1994年) ◆枝牛玉と牛玉(撮影:1994年)
◆仁王院(撮影:2006年) ◆境内からの眺め(撮影:2006年)
※左奥の校舎は、県立林野高校
リストマーク 参考文献 『英田郡誌全』 英田郡教育会 (1923年)
『岡山県の会陽ニ 林野安養寺の会陽』 佐藤米司
『岡山県史 民俗』 岡山県 (1983年)
『岡山の会陽』 三浦叶著 (1985年)
『美作西国三十三観音霊場 作州路に幻の札所を訪ねる』 小出公大 (1989年)
『美作の寺社』 柳生 尚志/著 (1998年)
『裸群 真木求め勇壮に 安養寺で会陽』 山陽新聞 2006年2月12日
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〔岡山県立図書館メディア工房〕
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