大正15年5月 岡山市写真帖
東山終点・西大寺町街頭
前の写真へ    画像一覧    次の写真へ
◆説明 「東山終点」
東山が路面電車(岡山電気軌道旭東線)の終点となるのは大正11(1922)年に京橋の拡幅工事がなされたのち、翌12(1923)年7月9日のことである。大正13(1924)年12月10日には岡山電気軌道の本社及び車庫も東山終点に新築・移転した。
昭和41(1966)年10月18日に岡山県初のバッティングセンターとして開業した東山バッティングセンター(経営は岡山電気軌道)は東山停車場前の顔として親しまれていたが、平成16(2004)年8月15日、37年の歴史に幕を下ろした。

「西大寺町街頭」
西大寺町(現、岡山市表町3丁目)は、宇喜多氏が城下を整備するにあたって上道郡西大寺村から商人を住まわせたのが起源となっている。
近世以後の山陽道は京橋から橋本町(現、岡山市京橋町)を通り、西大寺町で向きを北に変える道筋となった。
岡山城下の山陽道沿いは西大寺町のほか栄町など町人の町、特に商業の町として栄え現在に至っている。

◆参考文献 「東山終点」について
『おかでん七十年の歩み』 岡山電気軌道 1980
『岡山日日新聞』(平成16年7月14日)

「西大寺町街頭」について
『吉備群書集成 第7輯』(「吉備温故秘録」) 吉備群書集成刊行会 1931
『岡山県歴史の道調査報告書 第1集 山陽道』 岡山県教育委員会 1992

トップページ    −    写真の一覧
 〔岡山県立図書館メディア工房〕
《ご参考》デジタル岡山大百科で関連情報を検索する。