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瀬戸内海、有明海に生息しており、しっぽに1対の赤い斑点があるのが特徴。和名はアキアミ。
サクラエビ科の小型エビで、佃煮などに多いアミ科のアミではありません。岡山特産のエビで、体
長は2〜3cm。赤く長い触角があり、新鮮なものは体が透明です。秋口に採れる醤蝦(あみ)と言
うことで秋醤蝦というようです。岡山では児島湾内でのアミ漁が、岡山城を新築した宇喜田秀家
の時代に既に盛んであったという資料も残されています。もっと古くは、西行の『山家集』のなかに、
あみを詠ったものがあります。
〜立てそむる、あみとる浦の初竿は、罪の中にも、勝れたるかな〜
将軍家献上の干しアミは青江の“掬い”のアミ ※1)を干したのに限られていたようです。
岡山県農林水産統計年報によれば、平成16年度岡山県のアミ漁穫量は597t。そのうち340t
は牛窓産であり、現在、アミといえば児島湾産ではないのです。かつて盛んだった児島湾のアミ
漁が、徐々に衰退していった原因としては、明治時代になり、児島湾の干拓が本格化し、昭和34
(1959)年に児島湾の締め切り堤防が完成したことが考えられます。この締め切りにより、児島湾
の一部が児島湖(淡水湖)になると、潮の流れが変わるなど、大きな影響がもたらされました。
このことは、また、アミ漁で広く行われていた、瀬戸内海の潮の干満による水の流れを利用した樫
木網漁 ※2)にも大きな打撃を与えました。干潟だからこそ生息していた魚貝類、一日2度も干満
のある児島湾にきれいな水と共にやってきていた魚たち。アミ漁は言うに及ばずシラウオ、うなぎ、
鎮台貝(チンダイガイ)、ヒラの大漁も昔話となってしまいました。児島湖になる前は鰆も獲れていた
そうです。岡山を代表する魚貝類がだんだん地元産でなくなるのは残念なことです。
今回のアミ料理は和風をあえて避け、イタリア風というのでしょうか、オリーブオイルとの組み合わ
せを中心で作りました。オリーブといえば県内では牛窓。そしてアミの漁獲量の多いのも牛窓。この
不思議な組み合わせが、新たなアミ料理の普及、地産地消に少しでもお役に立てればと思います。
なお、アミに関しては研究が不十分であり、資料となるものが殆んどないというのが実際のところで
す。ちなみに、オキアミはエビに似た甲殻類アミ科に属し、魚釣りの餌であると同時に鯨やイルカな
ど海洋生物の重要な食物となっています。
※1)掬(すく)いのアミ・・・・・・手にもつ円形の網ですくって獲ったアミのこと
※2)樫木(かしき)網漁・・・・・海底に樫の木の杭を2本(6メートル間隔位)打ち込み、三角形の
袋網をくくりつけるのが、かしき網。潮の流れで網は外に向いたり内に向いたりして通過す
る魚をキャッチします。大きな虫取り網を海の中に2ヶ所固定させたようなものです。
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アミには、秋口から冬の終わりまで手に入る生アミ。一年中手に入る干しアミとあります。生アミを
使ったアミと大根、アミとネブカ(葱)の煮付け。干しアミに生しょう油をかけて、おむすびの具、ご飯に
かけるのはよく知られています。和食ばかりではなく、今回はオリーブオイルを使ってちょっとイタリ
アンなレシピも紹介します。
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(拡大表示) | (生アミの 一尾を拡大) |
(拡大表示) | (干しアミの 一尾を拡大) |
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利用例の紹介 | 利用例の紹介 |
参考文献
「岡山の味風土記」 岡 長平著、日本文協出版、1986、173p
「岡山の旬のおかず」 政木信昭著、岡山の旬のおかず編纂委員会、1987、223p
「岡山県旧児島湾漁人問答集1」 湯浅 照弘著、1987、67p
「岡山県旧児島湾漁人問答集2」 湯浅 照弘著、1988,101p
「岡山の漁業」 西川 太著、日本文教出版、1980、173p
「岡山農林水産統計年報」 中国四国農政局統計部、2006、331p
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〔岡山県立図書館メディア工房:平成18(2006)年〕 | |
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