大正15年5月 岡山県案内写真帖
29 倉紡中央病院
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◆文字 倉紡中央病院
都窪郡万寿村に在り大正12年6月の創立に係る 内科 外科 産婦人科
眼科 耳鼻咽喉科 小児科 物理療法科 歯科の八科に分れ病床数二百二十
余を有し院長以下職員百三十余名勤務す設備の完全なる事天下に名あり

◆説明 「倉紡中央病院」について
倉敷紡績の各工場には医局があり、従業員の健康管理などを行っていたが、大正7(1918)年の万寿第2工場稼動を期に総合病院の建設計画が打ち出された。
大正12(1923)年6月2日に倉紡中央病院として開院式を行い、7月1日より診療を開始した。病院は従業員や家族だけでなく、一般市民にも開かれたものであった。
病院の運営方針として、病室の窓を広くとり明るくなるように努めたり、職業的附添人の全廃、心附けの厳禁などがあった。
昭和2(1927)年からは倉敷中央病院と改名し現在に至っている。

◆参考文献 「倉紡中央病院」について
『回顧六十五年』 倉敷紡績株式会社社史編纂委員編 倉敷紡績 1953
『倉敷紡績百年史』 倉敷紡績編 倉敷紡績 1988
『倉敷中央病院 六十五周年記念誌』 倉敷中央病院六十五周年記念誌編集委員会編 倉敷中央病院 1990
『倉敷中央病院75周年記念誌』 倉敷中央病院75周年記念事業委員会編 倉敷中央病院 1999
『山陽新報マイクロフィルム』(大正12年6月2日朝刊、7月2日朝刊)

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 〔岡山県立図書館メディア工房〕
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