◆説明 |
「清心高等女学校」 |
明治19(1886)年6月、岡山区西中山下に岡山女学校として設立された。
明治22(1889)年1月に■瑰(まいかい)女学校、同37(1904)年、■瑰高等女学校と改称された。
明治44(1911)年8月、校名を清心高等女学校と改称。昭和4(1929)年12月、岡山市上伊福に新校舎竣工し、翌5(1930)年1月に移転完了する。
昭和22(1947)年4月、学制改革により清心高等女学校は清心中学校、清心高等女学校となる。ついで、翌23(1948)年に清心高等女学校は清心女子高等学校と改称。
昭和39(1964)年9月、中学校・高等学校は庄村二子(現、倉敷市二子)に移転した。
■は、左が「王」、右が「文」
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「真備高等女学校」 |
大正14(1925)年4月、岡山市における高等女学校入学難緩和のために岡山県真備高等女学校を開設。
昭和23(1948)年1月高等学校設置を認可され、校名を岡山県真備高等学校、岡山県真備中学校と称する。
昭和28(1953)年3月、併設中学校廃止となる。
平成7(1995)年、明誠学院高等学校と改称し、男女共学となる。
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◆参考文献 |
「清心高等女学校」について |
『清心学園百年史』 清心学園百年史編纂委員会 1985
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「真備高等女学校」について |
『岡山県真備高等学校50年の歩み』 岡山県真備高等学校 1975
『創立七十周年記念誌』 真備学園 1995
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〔岡山県立図書館メディア工房〕 |
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