三石赤レンガ積みアーチ橋
はじめに
 備前市の三石地区には、旧山陽鉄道(現:JR山陽本線)の工事の際、レンガ構造によるアーチ橋(「拱渠〔きょうきょ〕」ともいう。)がいくつか建設され、100年以上たった今日でも当時の姿を伝えている。、このように1つの地域にアーチ橋が集中的に残っているのは、全国的にも珍しく、平成17(2005)年3月に岡山県教育委員会が刊行した「岡山県の近代化遺産」でも取り上げられている。
 ここでは、それら赤レンガ構造物であるアーチ橋を紹介していきたい。
四列拱渠のライトアップ
− 四列拱渠のライトアップ(撮影:平成18年10月) −
※三石「灯りの街」(毎年10月第3土曜日開催)開催時の撮影
三石地区周辺の拱渠  
三石駅全景
三石駅全景
三石駅舎
三石駅舎
小屋谷川拱渠
小屋谷川拱渠
金剛川四列拱渠
金剛川四列拱渠
四列拱渠上り線側
四列拱渠上り線側
四列拱渠下り線側
四列拱渠下り線側
野道架道拱渠
野道架道拱渠
三石避溢拱渠
三石避溢拱渠
旧国道三石架道橋
三石架道橋
寺前川拱渠
寺前川拱渠
中奥里架道拱渠
中奥里架道拱渠
池ノ内農作道拱渠
池ノ内農作道拱渠
備前市三石地区
江戸時代山陽道の本陣が置かれた宿場町であったが、慶長年間(1596-1615)に発見された「ろう石」をもとに、明治以降、石筆・クレー・レンガ産業(耐火レンガは、明治8(1875)年に試作に成功、明治中期以降、本格的な製造を開始)に力を注ぎ発展してきた。
現在でも「ろう石」の鉱山やレンガ工場の煙突などが特徴的な景観をつくっている。
アーチ橋の建築時期
JR山陽本線三石駅は、明治23(1890)年12月1日、山陽鉄道三石駅として開業した。
 翌明治24(1891)年3月18日に、三石駅から岡山駅までが開通しており、備前市三石地区周辺の「アーチ橋」群は、明治23(1890)年から24(1891)年にかけて作られたものである。
なお、開業当初単線であった同区間の複線化は、明治44(1911)年に完成された。その経緯上、アーチ橋の上り線側と下り線側で建設年代が異なり(下り線側が先)、その接合部には、継目の跡を見ることもできる。
参考文献 
『岡山県大百科事典』 岡山県大百科事典編集委員会企画編集 1980
『岡山の鉄道』 山陽新聞社編 1987
土木史研究no−12』土木学会土木史研究委員会編,土木学会,1992
『鉄道ピクトリアル通巻no.584
鉄道図書刊行会〔編〕,鉄道図書刊行会1992
『岡山県の近代化遺産』岡山県教育庁文化財課編集,岡山県教育委員会,2005
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〔岡山県立図書館メディア工房:平成19(2007)年〕
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